はろはろNIIHAMA ARTプロジェクトのひとつとして「フリーペーパーHoo-JA!」に掲載されるコラムをご紹介します。
劇作家、演出家(座・高円寺 芸術監督、若葉町ウォーフ 代表理事) 佐藤 信(さとう まこと)さん
「空腹の時代」
子どもの頃の幸せだった思い出ね。この歳になると、そもそも子どもだったというそのことが、なによりもの幸せだったと思えてしまうのは仕方がない。戦争が終わったばかりの時代に育ったから、小学校を卒業する頃までは、年中、空腹だった。とにかく目につくものはなんでも口に入れて、むしゃむしゃ食べた。南天の実とか商店街の正月飾りの餅花とか、そのせいで下痢をしたり胸焼けになったり、あとでひどい目にあった思い出も数えきれない。けれどそんなことさえも、振り返ってみると、何だかひどく幸せなことのように思えてしまう。なにかというとすぐに駆け出す元気と(ただし足は遅かった)、はじけるような好奇心、子どもならではのエナジーは、「幸せ」以外のなにものでもない。
そんな中、あえて思い出すとすると、最初に浮かぶのはやはり食べ物の思い出になってしまう。ごく幼いころ祖父に連れられて行った近所の中華料理店のワンタンにはじまり、デパート食堂のお子さまランチ、法事で行った仙台で口にした笹かまぼこ、銀座のレストランのオムライスと、家の外で生まれてはじめて食べる食べ物すべてについて、「この世の中にこんなにおいしいものが存在していいたのか!」といちいち大感動していたのをおぼえている。その経験は後々まですっかり刷り込まれて、大人になってからというか現在も、とにかく最初に口にしたものはすべて「うまいっ!」と感じてしまう(正当な味の評価は二度目から)、他人様がご馳走するのには大いに甲斐のある、不思議な舌が出来上がってしまった。そこのところ、ヨロシク。